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貴重な「真志野山山論裁定絵図」パンフレットで後世へ
2026年1月12日
真志野山山論裁定絵図刊行事業に取り組む諏訪市湖南の南、北真志野両区と南、北両森林生産組合は11日、江戸時代の評定所で争われた裁定結果を記す大型絵図の撮影を湖南小学校体育館で行った。撮影データを使ったA1判の大型パンフレットを作り、一部の関係者しか触れる機会がなかった絵図を広く公開することで、山論を後世へ引き継ぎ、研究や学習に役立てられることを期待する。
古くから真志野の各村では建築木材や採草、薪炭用材などを、伊那側に張り出した外山から確保してきた。江戸時代、入会を主張する真志野と、入会を認めない伊那側との間で争いが勃発。真志野が幕府へ訴訟を起こし、1704(宝永元)年に真志野の主張をほぼ認める裁決が下り、これを記したのが裁定絵図だった。2.9メートル×2.6メートルの大判。複製も作って、両組合が交互に主催する年1回の「お蔵開き」で史実を伝えてきた。
先人の努力で守られてきたことを区民はもとより、広く市民に知ってほしいと、パンフレット作成を計画した。両区の6人でつくる刊行委員会を設けて本年度、市の「魅力発見・発信まちづくり事業」の助成を受けた。パンフレットの表面は絵図を全面に、裏面は裁定文書と解説などを記載し、1000部作る予定。
体育館内に足場を組み、プロカメラマンが4メートルの高さから高解像度のカメラで表裏を何枚か撮影した。両区関係者約10人が絵図を移動させたり、様子を見守ったりした。
委員会の関仁委員長(南真志野)は「絵図の存在を知る区民も少なくなっている。山が住民の生命線を握った時代があったことを後世につなげていきたい」と話す。3月15日(日)の「楽しく読みとく湖南村誌講座」で披露する予定。(写真は足場の上から行われた大絵図の撮影)
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