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皇太子への「献上書」など寄贈 諏訪市の遺族が諏訪湖博物館へ

2025年5月14日


 下諏訪町が発祥の地とされる下駄(げた)スケート。1919(大正8)年、当時の皇太子(昭和天皇)に献上されていたことを伝える資料がこのほど、町諏訪湖博物館・赤彦記念館に寄贈された。同館に収蔵されている下駄スケートや関係装具などは2023年、国の登録有形文化財となったが、文献資料は保存されておらず、同館では「皇太子に献上するほど、諏訪の特産品として広く普及していたことを物語る新発見」と歓迎している。
 寄贈されたのは、上諏訪町(現諏訪市諏訪)で金物店を営んでいた小林傳三郎さんが願い出た皇太子への下駄スケート2組の「献上書」と、献上品に対するあいさつが、東宮職より届いたことを知らせる「献上品に関する件」と題した通知の2件。
 献上書は、1919年7月5日付で東宮大夫(東宮職の長)から長野県知事に出され、通知は同年8月25日付で、献上を受けた東宮職のあいさつ(献上書か)が県知事に届いたことを、当時の諏訪郡役所が小林さんへ伝えている。通知には「皇太子殿下本県へ行啓(天皇を除く皇族が外出すること)の際貴下献上品」と書かれており、下駄スケートは皇太子が県内に立ち寄られた折に献上されたらしい。
 いずれも小林さんの子孫で、一昨年11月に82歳で死去した小林政信さんの遺志を受け、政信さんの遺族が寄贈。献上書は額装されて、小林さん宅の玄関に長年掲げられていたが、額の中に入れられていた通知の存在は、政信さんや遺族は知らなかった。小林家の菩提(ぼだい)寺を通じて、諏訪地方の歴史や文化に詳しい「諏訪塾」関係者が額の中を調べ、献上を裏付ける通知を発見した。
 政信さんの妻(80)によると、小林家には金物店時代の商売暦も残されており、献上した頃には下駄スケートの輸出も手がけるなど、幅広く商いしていたらしい。「本人(政信さん)が望んでいたことであり、(献上書などが)ようやく日の目を見た」と喜んでいた。
 博物館では「下駄スケートは当時、皇族に献上されるくらい、普及していたということを物語っている。下駄スケート自体は各家庭に結構残されていて、寄贈されることはままあるが、文献資料はまれ。万一、東宮御所などに下駄スケートが保存されていれば献上書との照合も可能となり、今後の調査に広がりもできる」と話し、寄贈を切っかけに下駄スケート関係の文献資料が、更に発掘されることにも期待を寄せた。
 下駄スケートは同館2階で常設展示されており、寄贈された文献資料も時期を見て公開したいとしている。(写真は寄贈された額装の「献上書」と郡役所からの通知=額の左下=など)