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島木赤彦生誕150年で27日から企画展 アララギ支えた湯川比良夫の手紙など展示

2026年3月23日


 伊藤左千夫に師事し、短歌誌「アララギ」の創刊(1908年10月)に協力したとされる木曽薮原(木祖村)の歌人・湯川比良夫(本名寛雄)と、下諏訪町ゆかりのアララギ歌人・島木赤彦(1876〜1926年)らとの交流をひもとく企画展「木曽薮原の比良夫から繋(つな)がる『アララギ』の仲間」は、27日(金)から29日(日)まで赤彦の住居「柿蔭山房」で開く。
 命日に赤彦の遺徳をしのぶ「赤彦忌」(3月27日)に合わせ、有志でつくる「赤彦の会」が赤彦生誕150年事業として企画。赤彦が比良夫に宛てた手紙、赤彦と親交があった日本画家でアララギ同人の平福百穂(ひゃくすい)直筆の梅、松の掛け軸、赤彦や左千夫、歌人の斎藤茂吉、中村憲吉らとの交流を裏付ける比良夫の日記の写しなど、西村増夫会長(87)=星が丘=が湯川家から借用してきた資料を中心に約10点を並べた。
 このうち赤彦が比良夫に宛てた手紙は「赤彦全集」に掲載されている現物。西村さんによると、赤彦がアララギの再建を期して編集に乗り出した翌年、1915(大正4)年12月29日に東京小石川から出されたもので、アララギ編集の雑務などに忙しい近況とともに、第一歌集「馬鈴薯(ばれいしょ)の花」出版に伴う借財の返済について説明している。表装されており、諏訪地方での公開は初という。
 比良夫は、県内で2番目に古い1650(慶安3)年創業の造り酒屋「湯川酒造店」の13代目。村長や郵便局長も務め、湯川家の離れ「枕流館」は、アララギ歌人や文人たちの交流の場だったとされる。比良夫の日記には「11時の列車にて柿の村人君(赤彦のこと)くる」などと記され、歌人たちが薮原を気に入り、頻繁に訪れていたことを物語っている。
 西村さんは湯川家と長年交流し、企画展の下準備を重ねてきた。「比良夫はアララギの立ち上げ、黎明(れいめい)期を支えた重要な人物。赤彦や左千夫、茂吉、百穂、憲吉らとの交流が分かる貴重な資料であり、生誕150年、没後100年の節目に多くの人に見てほしい」と呼びかけている。
 入場無料。公開は3日間とも午前9時半から午後3時半まで。西村さんが常駐して企画展の説明や山房の案内などを行う。
 第39回赤彦忌は27日午前9時半から柿蔭山房で開く。企画展を含め、同山房を一般公開するほか、午前11時半まで同会による「文学散歩」を開き、西村会長らの案内で同山房を振り出しに高木津島神社、赤彦の墓を巡り、現地で解説を受ける。
 問い合わせは町諏訪湖博物館・赤彦記念館(電0266・27・1627)へ。
(写真は、企画展の準備を行う西村さん)