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絵図広げ歴史再確認 真志野で「お蔵開き」

2018年1月15日

0114お蔵開
 諏訪市湖南真志野の外山の入会権を巡る山論について記した、古文書や絵図の保管箱を開封する「お蔵開き」が14日、南真志野公民館で行われた。北真志野と南真志野両区の関係者ら約35人が参加。2度にわたる争いを経て土地を守った先人の苦労を確かめ、後世に継承する気持ちを新たにした。
 古文書などによると、真志野の各村では古くから、建築木材や採草、薪炭用材などを、伊那側に張り出した外山から確保してきた。江戸時代に入ると、入会を主張する真志野と、入会を認めない伊那側との間で争いが勃発。真志野が幕府に訴訟を起こし、1704年(宝永元年)に真志野の主張をほぼ認める裁決が下った。明治時代には、民有地を官有地に編入するとの県の方針に対し、知事を相手取り提訴。その後勝訴し、関連文書一式も保存されている。
 お蔵開きは、両区がそれぞれ保管する古文書と大絵図(裁決状)を持ち寄り、保存環境を整えながら研さんを重ねる目的。両区の輪番制で行い、ことしは南真志野生産森林組合(池田政光組合長)が当番を務めた。
 この日はまず、大絵図(3メートル×2.6メートル)の実物と複製を広げ、江戸幕府が正式に認めた真志野の入会権を確認。歴史に詳しい原隆一さん(81)=南真志野=が、1944年の実測を基に製作した分割図を示しながら内容を説明し、「空撮ができない時代にこれだけの地図を描くのは、並大抵のことではなかったはず。山を守っていくために、しっかり伝授していかないといけない」などと話した。
 古文書は、保護用の和紙を入れ替えて風を通し、再び封印した。絵図と古文書は、受け持つ区を交換し、来年のお蔵開きまで保管する。

(写真は、入会権が記された大絵図と1944年の分割図とを見比べる関係者ら)