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小丸山古墳の小札甲 飛鳥寺の出土品と酷似

2017年7月27日

0726古墳調査結果公表ネット
 諏訪市教育委員会は26日、諏訪市豊田有賀の「小丸山(こまるやま)古墳」から発掘された出土品の分析調査結果を公表した。鉄製の長方形の札を寄せ集めて作る「小札甲(こざねよろい)」の遺物を調べたところ、593年に蘇我氏の氏寺として造営された、飛鳥寺(奈良県)から出土した小札甲と酷似していることが判明。市教委は「同古墳は従来から有力者の墓だと考えられていたが、被葬者が都の有力者と交流があった可能性を裏付ける史料になる」としている。
 同古墳は、現在の中央自動車道上り線有賀バス停周辺に位置し、6世紀末ころの古墳時代後期に築造されたとみられる。1919年に多量の遺物が出土して以来、73年の中央道建設に伴う発掘調査までさまざまな遺物が出土していて、一部は諏訪市文化財に指定されている。
 今回の調査は、昨年5月からことし3月まで、奈良県の分析機関「元興寺文化財研究所」に委託して実施。大正から昭和にかけて発掘された小札や太刀、馬具、ガラス玉など約1100点について、金属の成分を調べる「蛍光X線分析」や、付着している有機質を検出する観察などをした。
 小札は長さ10センチほどで、小札甲1領分に当たる1016枚を、大きさや形状などを基に9種類に分類。よろいのどの部分のパーツかを調べた結果、飛鳥寺で出土したよろいの小札との共通点が多く、古墳時代後期当時の最新の技術が使われていることが分かった。有機質の調査では、平織りの布が小札の裏面に使われていたことも明らかになった。
 市教委によると、飛鳥寺の小札甲と類似する出土事例は、小丸山古墳のみ。調査を担当した同研究所は報告書の中で「小丸山古墳の被葬者がこの小札甲を入手し得た背景や、政治的役割を考える上で重要」と評価し、市教委は「都での生活や戦で使う馬を、長野県で調達していたのではないか」と推察した。
 今回の調査では、出土した太刀のつばに銀象眼が施されていることや、馬具の鈴に金箔(きんぱく)やめっきの技術が使われている可能性も明らかになった。市教委では今後、3年かけて全出土品のさびの除去と保存処理をし、一部は来年度にも展示する方針。保存処理が終了し次第、報告書を発刊する予定で、市文化財への追加指定や上位指定も検討する。
(写真は、小丸山古墳から出土した「小札甲」)